日経新聞 2018.12.13.朝刊 13面全紙  ポスト平成の未来学

0歳の君へ  学び直しで三毛作

人生は100年 職は変えるもの

 

 

 

 

坂本龍馬(享年31)やモーツァルト(同35)のように、40年も生きずに歴史を変えた偉人や名作を残した芸術家は数知れない。一昔前まで人生50年、太く、短い生き方も多かったろう。だが今や人生80年、そして君たちには100年近い時間がある。 

 

僕(41)が生まれた頃、男子平均寿命は70余年。大学を出て定年まで一つの会社に勤め上げ、あとは悠々自適でちょうどよかった。「人生100年時代」にはレールに乗っているだけではゴールにたどり着けないな。3040年にもなる"余生"を、現役時代の蓄えと先細りの年金では賄えない。退屈もしてしまいそうだ。さてどうするか? 

 

答えを探しに、2008年の開業時以来、定年制がないライフネット生命(東京・千代田区)を訪ねた。

 

 

 

IT企業かと思うようなオフィスだが、よく見ると顔ぶれが若くはない。60歳を超えた社員から20代の若手まで入り交じっている。148人いる社員の9割が中途採用で、役員でない60代が10人もいる。しかも、週5日フルタイムで働かなくてもいいらしい。育児や介護などの家庭事情だけが理由でなく、週3日だけ出勤し、個人事業との兼務もOK。中には"社長"兼務の人も。こうした「パラレルキャリア」社員が指南役となる部活動まである。 

 

「人生100年時代のキャリアを一つの会社が用意するのは難しい。会社が社員を食べさせるのではなく、一人でも稼ぐ力のある人が集まった会社が理想」と人事総務部長の岩田佑介さんは強調する。

 

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いくつになっても稼ぐ力を持つ――。そのために「人生三毛作」を提唱するのが東大の柳川範之教授(経済学)だ。その実現の切り札が「40歳定年制」という。アラフォーの心はざわついたが、雇用契約を20年程度に区切ってキャリアを見直し、40歳や60歳の"定年"で必要に応じたスキルアップを図ろうという趣旨らしい。「激変の時代、長く働くには『学び直し』のプロセスが欠かせない。中期雇用がベースになれば転職市場も厚くなり、需要に応じた人材の流動性も高まる」

 

ずいぶん思い切った提案だが、学ぶのに遅すぎることはない。6070代が集うコンピュータープログラミングの勉強会があると聞き、若者の街、東京・渋谷に足を運んだ。

 

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スマートフォン向けのアプリ開発に取り組むシニアたちがパソコン持参でやってきた。講師が一方的に教えるのではなく、各自が疑問点や課題を個別に教えてもらう。

 

勉強会を主催する小泉勝志郎さんの教え子からはスターも誕生した。米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)と歓談する姿も話題になった若宮正子さんだ。「若い人に勝てるゲームをつくりたい」と80歳を過ぎて「hinadan」を開発した。

 

若宮さんも元ワーキングウーマンだが、この会最年長、83歳の鈴木富司さんがまさに「三毛作」体現者。大手商社マンとして東南アジアを奔走し、定年前に米企業に転職して、今はアプリ開発者だ。指が乾燥した高齢者向けに音声入力などを使ってスマホを操作できるアプリなど、シニアならではの視点でこれまで7本を開発した。「昔から新しいことに取り組むのが好きだった。日本の自宅でつくったアプリを世界に向けて売れるチャンスがあるとは素晴らしい時代」と鈴木さんは笑う。

 

こんな元気な高齢者は増えるんだろうな。「サービス付きではなく『お仕事付き』の高齢者住宅も可能だと思います。その分、居住費が安くなるような。高齢者を社会の資産に変えていく発想が必要ですね」と小泉さんは話す。 

 

君たちが生きていくうちに、「定年退職」という概念はなくなるだろう。歴史に例のないスピードで多くの仕事が消え、生まれていくし、年金財政は一層危うく、支給年齢は上がるばかり。一つの会社や仕事に安住して過ごせる人は減る。君たちは視野を広げ、持続可能な働き方をしなければならない。

 

育児、介護でスローダウンせざるを得ない時期もあるだろう。寿命が長くなれば、病を得る人も増え、元気でも体力は落ちる。その心構えと、それなりの備えは不可欠だ。

 

一つのレールに乗り続けるのは難しくなるけれど、あるレールでしくじってもやり直すチャンスは広がる。遅咲きの花を咲かせるルートはいくらでもある。

東京・渋谷イベントスペースでプログラミングを学ぶシニアたちアプリやARの制作に取り組む

撮影 寺沢将幸 

中途採用の活性化欠かせず

 

 政府は人生100年時代に向けて制度改革を始めている。安倍晋三首相は「人生100年時代を見据えた経済社会システムの大改革に挑戦する」と語る。70歳になっても高齢者が働ける環境整備や社会人の学び直しへの支援などだ。

 多い。超高齢化社会で働れまでのモデルでは社いる。政府は元気で働くける環境を作るため、

日本の平均寿命は延び続けている。内閣府によると2016年の平均寿命は女性が87.14歳、男性が80.98歳だった。65年には91. 35歳、84.95歳にそれぞれ延びる。現在、女性が死亡する年齢で最も多いのは93歳、男性は87歳だ。

 日本の人口は50年には1億人程度に減る。日本では大企業を中心に新卒で入った企業に60歳ぐらいまで働き、その後は年金で生活する例が多い。

超高齢化社会で働き手が少なくなり、これまでのモデルでは社会が立ちゆかなくなっている。

 政府は元気で働く意欲のある高齢者が長く働ける環境を作るため、企業に65歳まで義務付けている、継続雇用年齢を引き上げる。この10年ちょっとで高齢者の体力・運動能力は約5歳も若返っている。60歳以上の人で70歳以降も働きたいと希望する高齢者は8割にも上っている。政府は20年の通常国会に法律の改正案を提出する見通しだ。

 社会人の学び直しの費用を支援する「教育訓練給付」は給付率を2割から4割に増やす。会社が提供する職業訓練ではなく、自ら得たい技能を学べるようになれば転職に弾みがつく。内閣府の調査によると、学び直しで自己啓発した人の年収は3年後に15.7%引き上がる。

 人生100年時代に向けた改革はまだ半歩進んだだけだ。高齢者が働く意欲を持ち、中途採用市場が活発化するには、労使による労働市場の改革が本丸になる。 

 高齢者が定年後に働かない理由で一番大きいのが、年収が大きく下がるためだ。定年を過ぎると、同じ能力や意欲があっても給与水準が大きく減額になる企業が多い。年金生活の生活準と仕事を継続した場合の水準が大きく変わらなければ、引退した方がよいとの判断になる。

 人生100年時代には産業の盛衰などに対応し、複数の企業を渡り歩く働き方を選択しやすくする必要があると政府はみている。ただ、企業が新卒一括採用を重視し、人材の自前主義を崩さなければ、政府の改革は絵に描いた餅になる。

 このため、政府は年齢や年次、中途の有無によらない実力主義の評価・賃金制度を持つ企業を増やしたい考えだ。あくまで仕事の内容に応じて報酬を支払う制度の導入を企業に促す。

 ただ、政府ができるのはあくまで好事例を紹介して企業に「促す」までだ。政府は10月に未来投資会議の下に政労使協議会を設置した。連合と経団連のトップも入り、政府と労使で改革の議論を進める。今年は議論が進まず、19年以降に課題を持ち越した。

 

 

(吉野浩一郎、飛田臨太郎)ご意見や情報をmiraigaku@nex.nikkei.co jpにお寄せください。